ざっくり解説
実は、、、
「天国に行けるようになること!」
ではありません。
もう少し解説
聖書における「救い」とは
「神さまとの関係を取り戻すこと」です。
例えるなら、
親を知らずに育った子どもが
本当の親を知ったようなものです。
しっかり解説
もし、
「天国に行けること=救い」
であるならば、
自分が救われたらそれでOK!
という話で終わります。
また無意識のうちに、
自分は救われたが、あの人は救われてないから可哀想(=自分は天国、あの人は地獄行き)
という
傲慢な選民意識もすくすくと育ちます。
また、死んでからしか叶わない希望であるために
現実社会を生き延びようとする気概に欠けます(=世捨て人になる)
今、この現実の生き方
それ自体が変わらなければ、
「救い」とは呼べず、
空想(ファンタジー)でしかありません。
実際には、聖書における「救い」とは
「神さまとの関係の再構築」です。
わかりやすくいうなら、
「神の存在を無視した生き方」→「神の存在を前提にした生き方」
への方向転換です。
これを、専門的には、「悔い改め」と呼びます。
謝ればしっかりとゆるされるように、
心の向きを変え、神を信じることで、
誰でも無条件に「救い」が訪れます。
これは「努力」や「善行」ではなく、
心の向きを神に向けるというだけです。
これは現実の生き方が劇的に変わります。
まず、心が楽になります。
なぜならば、自分の人生の舵取りは己自身ではなく、
神さまが導いていると心の底から安心できるからです。
また、他人への恨みや怒りがだんだんとおさまってきます。
正しい裁きは神がされることを知っているので、
心の執着から解放されるからです。
そして、人生計画の時間軸が変わります。
ほとんどの人は、生まれてから死ぬまでの時間軸で物事を計画します。
しかし、神を知る者は、
肉体の死後の先にも永遠の世界が広がっていることを知っています。
だからこそ、
いかに神とともに落ち着いた地上生活を送るかを考えます。
順風満帆ではなくても、
困難も苦難も自分一人で乗り越える必要はないことを確信します。
もちろん死後に天国に行けることは喜びです。
しかし、それは「救い」の本質ではない。
なぜならば、
天国に行けることの喜びは
「神とともに過ごせる」という点にあるからです。
であるならば、
救いの本質も同様に、
神とともに歩むこと
なのです。
