今日の聖句:イザヤ書 53章5節
原語と逐語訳
ヘブライ語原文
וְהוּא מְחֹלָל מִפְּשָׁעֵנוּ מְדֻכָּא מֵעֲוֹנֹתֵינוּ מוּסַר שְׁלוֹמֵנוּ עָלָיו וּבַחֲבֻרָתוֹ נִרְפָּא־לָנוּ׃逐語訳
しかし彼は、私たちの背きのゆえに刺し貫かれ、私たちの咎のゆえに打ち砕かれ、私たちの平安のための懲らしめが彼の上にあり、そして彼の打ち傷によって、私たちに癒やしが与えられた。
解釈ポイント
この節の主語である「彼(הוּא)」は、直前から続く「主のしもべ」(53:1–4)を指します。
新約聖書は、この「しもべ」を
イエス・キリストにおいて完成したと理解しています(1ペテロ2:241)。
注目すべきは、苦しみの原因が一貫して
「私たちの側」に置かれている点です。
- 私たちの背き
- 私たちの咎
- 私たちの平安のための懲らしめ
つまり、この苦難は事故でも悲劇でもなく、
代理的・代償的(substitutionary)な苦しみです。
特に「私たちの平安(שְׁלוֹמֵנוּ, shlomenu)」という表現は、
単なる心の安らぎではなく、
神との関係が正されることを意味します。
人は罪によって神との平和を失いましたが、
キリストが懲らしめを負われたことによって、
神との平和が回復されます。
そして「彼の打ち傷によって、私たちは癒やされた」という完了形は、
癒やしがすでに成し遂げられた事実として語られています。
最終的な全世界の回復は終末に待たれますが、私たちの救済は十字架において完成されました。
この節は、イエスの十字架が「愛の模範」である以前に、
贖罪の御業であることを明確に示しています。
キリストは苦しむことで、私たちを神へと連れ戻す道2そのものとなられました。
訳文比較
新共同訳
「彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。」新改訳
「しかし、彼は私たちの背きの罪のために刺され、私たちの咎のために砕かれた。」
大きな違いはありませんが、
原文の 「〜のゆえに(מִן min)」 は「原因」を明確に示す前置詞であり、
「身代わり」をより強く含意します。
日本語訳では「ために」と訳されますが、
「原因として」「代償として」という含意を理解すると、
この節の重みが一層はっきりします。
キリストは、私たちが負うべきものを負い、私たちが受けるはずだった罰を引き受けてくださいました。
今日という一日を、その贖いの事実の上に静かに置いて歩む者でありたいと思います。

