古代日本の歴史は永遠にわからない
なぜ「聖書」と古代日本に関わりがあるという都市伝説が絶えないのか。
その最大の理由は、
日本の真のルーツが永遠の空白の中に消えてしまった
からに他ならない。
645年 乙巳の変:失われた「記紀以前」の記憶
日本の歴史は『古事記』『日本書紀』(記紀)から始まるとされるが、
実は、それ以前に歴史がなかったわけではない。
西暦645年、中大兄皇子らによるクーデター「乙巳の変」が発生。
蘇我入鹿が暗殺された翌日、追い詰められた父・蘇我蝦夷は自らの邸宅に火を放ち、自害した。
この時、蘇我氏一族の滅亡とともに灰になったのが、
古代日本の重要機密が記されていたはずの歴史書である。
失われた二大超重要歴史書
これらは、現存する日本最古の正史『日本書紀』よりも約100年も前に成立していた。もし残っていれば、日本の歴史観は今とは全く別物になっていた可能性がある。
『国記(くにぶみ)』
国家の成り立ちや、諸豪族(氏族)の由来を記した書。土地の伝承や、どの氏族がどこから来たのかという「民のルーツ」が記録されていたとされる。
『天皇記(すめらみことのふみ)』
歴代天皇の系譜や事績を記した書。神代から推古天皇に至るまでの「皇統」の正当性が詳細に綴られていたと考えられている。
古代日本のキーマン:聖徳太子(厩戸皇子)
さらに重要なのは、これらの書を編纂したのが
聖徳太子(厩戸皇子)1
であるという点だ。
神道を重んじながらも仏教を国家運営に取り入れた太子は、
日本のアイデンティティを確立するためにこの編纂事業を行った。
しかし、太子の死後、協力者であったはずの蘇我氏自身が、
政争の果てにこれらを焼き捨ててしまったのだ。
自らの手で、太子と共に築き上げた「真実の記録」を葬らざるを得なかった蘇我氏の絶望。
そこに、現代の我々が知る由もない「不都合な真実」が隠されていたのではないか。
空白だからこそ、そこに「聖書」が重なる
記紀以前の歴史が「空白」であるが故に、
そこには大きな歴史ロマンが存在する。
古神道には、古代ユダヤ文化(聖書の世界)との奇妙な共通点が多く指摘されている。
もし、焼失した書物に「渡来した民の真実」が記されていたとしたら。
失われたピースを埋める鍵が「聖書」にあるという説は、
日本のルーツを探る上で無視できない視点なのだ。
あなたはこの歴史観に耐えられるか。
- 聖書によれば、イエス・キリストが生まれたのは厩戸(馬小屋)である。 ↩︎

